しゅんちゃむブログ

工場勤めの一般社員による自己啓発的ブログ

僕が今までの人生で大きく影響を受けたこと①

 

どーもしゅんちゃむです!

 

 

今回の記事では僕が人生で大きく影響を受けた過去の出来事を2部に渡って紹介していきます。

 

 

まぁまぁ貧乏な家庭

 貧乏という定義がいまいち分かりませんがググった結果、貧乏とは『収入・財産が少なくて、生活が苦しいこと。』と書いてあったので僕の家庭は貧乏だったんだと思います。

食べるものがないとか、着る服がないとかそういう感じではありませんでしたが、みんなが持っているおもちゃを買ってもらえないとか、使うものはお古ばっかりだとか少なくとも裕福とはかけ離れた家庭環境でした。

 

ただ、その貧乏だという事にさえ気づかないくらい日々を楽しんでいたのでそこまで苦だと思ったことはありませんでした。

 

唯一印象に残ってることと言えば、小学校の時授業中にふと好きな食べ物の話になった時、僕が迷わず「納豆をかけたうどんか、お酢としょうゆで食べるそうめんです!」と言った時、周りが一瞬「え?」ってなったことですかね。

 

その時は何とも思わなかったですが、家に帰って母にその話をすると「何でそんなこと言ったの!恥ずかしい!」って言われたことをきっかけにそれ以降二度とその話はしなくなりました(笑)

 

 13歳で親が離婚

 父の母に対する暴言や暴力がきっかけで僕の親は離婚しました。その時は中学に入りたてで友達と遊ぶことに必死だったという事もあり、離婚という事の重大さをそこまで認知していませんでした。

 

その時母に「どっちに付いていきたい?」って聞かれましたが、僕にとっては両親二人とも好きだったのでどちらかなんて選びきれるわけがありませんでした。が、最終的には中学校を転校するのが嫌だったので、父(その時の実家)についていくことを決めました。

 

辛かった点といえば、僕の中学はお弁当だったのでそれまでは母が弁当を作ってくれていましたが、離婚をきっかけに父がその代わりに弁当を作ってくれるようになりましたが、父も朝早くに仕事に出て行ってたのでお弁当の中身は極端に質素なものでした。 二段弁当の片方が米で、もう片方がウインナーだけやおでんだけなどという時もありました。

 

僕の母は料理が割と上手だったので、母が作っていた時の弁当と父が代わりに作っていた弁当のギャップを知られたくなくてお昼のお弁当を食べる時は極力人から見られないように食べていたのを覚えています。

   

高校受験推薦入試不合格

家庭環境が少し荒れていたというのもあり、中学時代は遊びに呆けてました。

そのせいか学力や内申面はガタ落ちで(元から高かったわけではないですが)言うまでもなく受験に向けて必死に勉強などするわけもありませんでした。

 

その間にも周りの人はしっかり勉強して受験に向けそなえていました。

 

そして試験当日を迎えました。一次は推薦入試だったので面接で終わりでした。一応こんな僕でも志望校であった高校だったのでしっかり面接を行い一緒に受験しにいった友達とも確かな手ごたえを感じていました。

 

しかし結果は僕だけ不合格でした。面接では確かな手ごたえこそあったもののやはり中学時代の内申及び成績の低さがを響いたのだと思います。

 

でも、それでも納得のいかなかった僕はその後の二次での一般試験を受験しようと心に決め、やっと本気で勉学に励み、みんなが合格し安堵している時も必死に勉強しました。これは今まで好き勝手やってきた自分の行いが出たんだと自分にいい聞かせ猛勉強しました。

 

その結果晴れて志望校に合格することができました。この時に努力すれば必ず結果はでるという事を確信することができました。