しゅんちゃむブログ

工場勤めの一般社員による自己啓発的ブログ

限界を感じてしまうのは選択肢がない証拠

 

 

どーもしゅんちゃむです!

 

 

 

すっかり残暑の9月も終わり今年も10月に突入しました。

 

先月に引き続き僕の職場はめちゃくちゃ忙しいです。

忙しいと僕の趣味の一つであるこのブログを更新するのも困難になります。

 

一応このブログの運営方針としてはその時に思ったことや感じたことをありのまま且つマイペースでアウトプットしていくという原則に基づいて更新しています。

 

ただ、やっぱり一日の締め括りとしてこのブログという大変便利な媒体で継続的に投稿していきたいというのも自分の意思ではあります。

 

 選択肢がない

それでも残業が2時間も3時間もあったり、職場のトラブルに携わらなければならなくなったりすると家に到着するのは遅くなります。帰るとご飯とお風呂を済まし、自分の部屋に戻ると一番最初に思うことは一つ。『寝たい。

 

ブログは書きたいけど眠気と疲労がもう限界だ。

でも書かなきゃ続けてる意味が無いしなー。。

 

そんな事を考えているうちに軽く1時間は経っています。

 

じゃあ自分はどうするべきなのか?

 

この状況について最近思うのです。

 

こういう状況に陥る時って自分に選択肢がない時だなと。

 

つまり例えば帰りが遅くなりブログを書く時間がないし、疲れも溜まっている。となった場合に自分の中に『じゃあ寝る』という選択肢があればどうでしょう?

逆に『それでも記事を書く』という選択肢でもいいのかもしれません。

 

もっと自分に選択肢を設ければ考え方も変わるのかなと思いました。

 選ぶのは自分

極端な例でいうと学校などでのいじめもそうだと思います。

いじめられるのが嫌なら『先生に相談してみる』、『他の友達に相談してみる』、誰も信用できないなら『転校したいと言ってみる』。

このような選択肢があらかじめ自分の中にあると、案外冷静な判断を下せたり、意外な展開により上手くいくこともあると思います。

 

僕自身も本当に納得ができない事を上司に向かって正面から言い合う時は心の中は、

こんな会社やめたって何とかなる』、『どうせやめるならその前に言いたいことをいおう』という感じです。そういう選択肢が明確な時に限って自分に余裕があるから冷静な討論ができたり、相手の会話の欠点を見つけることができます。

 

これがもし、『言い返されたらどうしよう?』や『嫌われたら嫌だな』という気持ちだと怯えて本音を話せないこともあるでしょうし、実際に言い返された場合『もうどうにもならない』などという感情に浸ってしまうと思います。

 

つまり選択肢が狭まったりなくなったりすればするほど人は不幸というネガティブな選択肢を選んでしまうんだと思います。

 

ー以上ー